母が“肺癌”と診断されて11年。
最初は半年。次は1年。そして3年から5年と、間に色々な抗癌剤が有り難いことにうまく効いてくれて10年を迎えた。
何より“重症筋無力症(難病指定)”をはじめ、“胸部出口症候群”、“リウマチ”、“鬱”etc…。大病を患っては『何とかなってきた』事が多すぎて、昨年の5月に40度近くの高熱を出して救急車を呼び、“腎盂腎炎”と診断された時は本人の意識も危うくて、流石に覚悟をした。が、医師たちと本人の生命力かな……有り難いことにひと月余りで退院する事が出来た。そして冬に差し掛かった頃、「胸から背中が痛くて苦しい」と、予約外で受診したところ、“深部肺血栓肺塞栓症”と診断。脚の血栓が肺にとんだ事で酸素の数値は80を切り、こちらも一足遅かったら本当に危なかったとの事。
本当に、本当に『何とかなった』事が多くて、6種類(内2種類は同薬)目の抗癌剤が効かなくなってきたと同時に「このまま何もしなければ余命は1年」と言われた時も、『何とか……』と僅かなりとも思ってしまっていた。
旦那さんと買い物中、妹から電話で「訪問看護師さんに病院行ったほうがいいって言われて、これから行ってくる!」と。
コロナの影響で面会は完全に謝絶。
1週間後にされた説明は「現時点で原因が分からない貧血があってその値が5を切っている状態です。輸血を目一杯使っているけど全然改善されないので、近日中、今月どうか……」。 妹が泣いている横で、冷静になってしまう自分が本当に嫌だった。 『来週には骨髄からリンパ液を採って専門の病棟へ移ってもらいます』。
そして本格的な検査結果が出て医師から説明されたのは“悪性リンパ腫”。 そのせいで貧血が起こる。「“リンパ腫”の治療を最優先でするが、その期間“肺癌”の治療は出来ないけれど、“リンパ腫”への治療の効果があれば再開するから」。 その言葉で見通しができた。
『何とか……』なると、僅かでも思わなかった訳ではない。 入院から3週経った頃には退院の話も出て、私以外は『何とかなった』かもしれないと思っていたのかもしれない。
けれど一昨日の朝、主治医の先生から話があるから今日の15時に病院へ。と父から電話があって、「いい話じゃないみたいなんだよね」と。
退院。って、やはりそういう事だったんだな……。って。